大判例

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大阪高等裁判所 昭和32年(ウ)517号 決定 1957年12月17日

申請人 株式会社大阪読売新聞社

被申請人 大野忠孝

主文

本件申請を却下する。

理由

本件の如き性質の仮りの地位を定める仮処分に於ては、その必要性に鑑みその内容は未だ仮処分の範囲を逸脱したものとは認め難いから主文の如く決定する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)

【参考資料】

強制執行停止決定申請

申請人 株式会社大阪読売新聞社

被申請人 大野忠孝

強制執行停止決定申請事件

申請の趣旨

申請人及被申請人間の大阪地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第一九二七号仮処分申請事件の判決に基いて為す強制執行は一時之を停止する。

申請の理由

一、大阪地方裁判所は申請人及被申請人間の前記事件について昭和三十二年十二月二日申請人敗訴の判決を為したため被申請人はその執行力ある正本に基いて既に履行期の到来した分について大阪地方裁判所所属執行吏に委任し同月三日金弐拾八万弐千参百拾五円也の弁済を受けたのであるが更に将来履行期の到来すべき一ヵ月金壱万八千八百弐拾壱円の割合による金員について強制執行を続行せられる状態である。

二、然し乍ら申請人は右判決は全部不服であるし、前記判決には左記の如き明らかな誤判があるので昭和三十二年十二月九日御庁に対し控訴を提起したので茲に本申請に及んだ次第である。

(一) 原判決は被申請人が申請会社の施設内で而も就業時間中に為した日本共産党(以下日共という)の日刊機関紙「アカハタ」の購読勧誘の行為またはそれに基く配布行為は就業規則第百三十五条第十号の「社内で政治的活動をしたとき」に該当しないと誤つた判断を為している。

(イ) 即ち就業規則の前記条文は労働協約第四十八条の「会社組合双方共会社施設内で政治的活動を行わない。ただし会社は組合員が個人の資格で行う政党加入、その他社外における政治的活動の自由をみとめるが、この際組合員は会社の業務に支障をきたし、又は会社に不利益を与えない」同第四十九条の「前条の政治的活動とは、政党又は個人の選挙運動その他政治的勢力の拡張、宣伝のため行われる一切の活動をいう」との規定の精神に則り、換言すれば申請会社が労働組合員たる従業員の会社施設内で行う政治的活動については就業規則でこれを禁止する事を妨げない右協約の規定に対応して制定せられたものであり就業規則第十三条の「従業員は会社施設内で政治的活動を行つてはならない。政治的活動とは政党又は個人の選挙運動、その他政治的勢力の拡張、宣伝のために行われる一切の活動をいう」との規定違反の行為を懲戒の対象としたものである。

(ロ) 而して前記労働協約第四十八条、第四十九条には会社、組会間に諒解事項があり(疎第四号証ノ二御参照)「あくまでも主たる目的が組合活動にあり、当然の帰結として政治に結びつく場合は政治的活動とはみなさない」となつているが、此の解釈、即ち或る行為の結果当然の帰結として政治に結びつく場合でも協約第四十九条の解釈とすれば、所謂政治的活動に該当するが飽迄も主たる目的が組合活動に在つた場合に限り、仮令当然の帰結として政治に結びつく場合でも政治的活動とは看做さない。との点は就業規則第十三条、同第百三十五条第十号の政治的活動の定義にも妥当する解釈であると謂わなければならない。

(ハ) 果して然らば被申請人は「アカハタ」が日共の党機関誌である事を認識し、自ら「アカハタ」に共鳴を感じて会社施設内で而も就業時間中に池下貞次等数名の従業員に対し「アカハタ」の購読を勧誘する行為に出でたのであるから、組合活動の目的を以て為されたものでない事も明らかであるし、就業規則第十三条、同第百三十五条第十号に該当する政治的活動であると謂わなければならない。

蓋し、日共の機関誌「アカハタ」の購読を他人に勧誘する行為に出でた被申請人の内心的意思を分析する時、そこには

(1) 「アカハタ」の読者を増殖したい意思

(2) 読者に「アカハタ」の記事に依つて日共が如何なるものであるか、共産主義的な観察が如何なるものであるか等を知らしめたい意思

(3) 「アカハタ」の発行者たる日共に機関誌代金をより多く入手せしめたい意思

等の積極的な目的意思が存在するし、斯かる目的意思の実現は日共の政治的勢力の宣伝、拡張になる訳で、被申請人はその認識の下に敢えて行動する行為意思の顕われとして本件「アカハタ」の購読勧誘を為したのであるから、政治的勢力の宣伝、拡張の為に行われた活動である事が明らかと謂わなければならないからである。

被申請人も仮処分申請書の申請の理由第二項(3)の(ロ)中に於て「アカハタ」の配布は政治的行為であることを認めている。

(ニ) 更に原判決は「アカハタ」の配布または購読勧誘の行為を右就業規則にいう政治的活動として問擬するためには、日共の勢力を拡大、宣伝するためという積極的意図をもつてなされることを要すると為すのであるが、全くの独断であり、誤判である。

前記労働協約竝就業規則の文理解釈からしても斯かる積極的意欲を必要とする根拠はない。

(ホ) 以上の次第であるから、被申請人が共産党員若くは共産党組織と何等かの繋りのある場合でなくとも、或は日共の読売細胞活動の一環として「アカハタ」の配布竝購読勧誘が行われなくとも、被申請人の本件「アカハタ」の購読勧誘行為竝それに原因する配布行為は就業規則第百三十五条第十号に該当するものである。

因に原判決は申請人が被申請人の「アカハタ」の配布並びに購読勧誘の行為を日共読売細胞の党活動の一環と直観したと認定しているのであるが事実の誤認である。

(二) 次に原判決は被申請人の行為が就業規則第百三十五条第十号の「社内で政治的活動をしたとき」に該当すると仮定しても同条第一項但書の情状によつて懲戒解雇以外の他の処分に留めるべき場合であるから本件懲戒解雇は酷に過ぎるものとして無効であると判断したのであるが、右判断は左の理由によつて誤判である。

(イ) 原判決は「アカハタ」の勧誘等により作業能率が阻害されたことも認められない事を理由として居るが、就業規則第百三十五条第十号は社内で政治的活動をしたときは就業時間中でなくとも懲戒し得る規定であるのに、被申請人の購読勧誘行為竝之に基く配布行為は社内で行われたばかりでなく、然も就業時間中に行われた悪質のものであるから作業能率に悪影響を及ぼしたものである事は活字を拾うという文選工の仕事の性質上、経験則から容易に断定出来るところである。況や就業規則の社内に於ける政治的活動の禁止は政治的中立性を堅持する目的をのみ有するのみならず、作業能率を阻害される危険があるから之を防止する目的をも有するのである。

(ロ) 被申請人は社内で就業時間中に於て就業規則に触れる悪い行為である事を知りつつ「アカハタ」を同じ文選課内の従業員である訴外池下貞次に購読の勧誘を為し、それに基く配布を為したのであるが該行為が申請人に発覚し、懲戒処分を受けるに至る迄終始、何等本件の如き行為を為して居らない旨、頑強に否認し続けて来た改悛の情の無い悪質なものであつた。然るに原判決は被申請人が事実を秘したのは累が他に及ぶ事を憂う心情に発したものであると認定して居るが自己の行為のみを認めたからといつて、他人に累が及ぶ筈がないのであるから同情すべき理由にはならない。

(ハ) 原判決は被申請人が為した購読勧誘等の対象である「アカハタ」が一般に市販されて、誰でも自由に入手し得る性質のものであるとの点と購読勧誘に際して「アカハタ」の主義主張に同調を求めたものでないとの点を挙げて、同人の行為が悪質でないと認定しているが「アカハタ」を一般に市販している場合には積極的な購読の勧誘を為すものでなく全く購読希望者の自由意思によつて購入するものであるし販売に依る利益の追求を目的とするのみであるが、被申請人は会社施設内で政治的活動を行つてはならないとの労働協約竝就業規則のある申請会社に之を諒承する労働契約によつて解雇せられている特別の社会関係に入つたものであるから、その社会関係の特則に従わねばならない義務を負担して居るに拘らず購読の希望者でもない自己と同じ義務を有する他の従業員に購読の勧誘を積極的に為したものであるし、販売に依る利益を目的とした商業的な意図は全然無く、専ら「アカハタ」と謂う日共の機関誌の購読者の獲得を狙つた行為であるから同日に断ずる事は出来ない。

又購読勧誘に当つて、日共の主義主張に同調を求めたものでないとの点は「アカハタ」を読めば自ら日共の主義主張は判明するし、斯かる出版物と知つて購読を勧誘する行為は、それ自体日共の主義主張に同調を求める行為であると謂わなければならない。斯かる理由に依つて被申請人の行為は悪質でないとはいえない。

(三) 就業規則第百三十条第一項は原則として同条各号のいずれかに当るときは懲戒解雇にする事を要するものであるから、前記(ニ)の(イ)乃至(ハ)の事情の下に於いては、同条但書を適用すべき場合でないと判断した申請人の判断は何等恣意的なものでない。

三、前述の如く申請人が控訴して争う、本件大阪地方裁判所の為した判決の仮処分内容は、被申請人の権利の保全の範囲に留まらず、その終局的満足を得せしめるものである。即ち前記仮処分判決は「被申請人(本件申請人)は、本案判決確定に至る迄、申請人(本件被申請人)を被申請人の従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和三十一年八月二十八日以降一ヵ月金壱万八千八百弐拾壱円の割合による金員を毎月二十五日限り(但既に履行期に到来した分については即時に)支払わなければならない。」と謂うのであり、之を執行するに於ては保全すべき請求の終局的実現を招来する虞あるものなる事は、その内容に徴して明らかであるから、仮処分の内容は債権者の権利保全の範囲に留まらず、その終局的満足を得せしめるものであると謂わなければならない。

斯くの如く仮処分の内容が権利保全の範囲を逸脱し、その終局的満足を得しめる本件仮処分判決に於ては、之が強制執行の結果は、仮りに申請人が後日、本案勝訴の判決を受けるか、ないしは仮処分事件の控訴審に於て、その主張が認められても、もはや被申請人よりその損害を回復する事が事実上不可能であることは経験則に照して明らかであり、その結果は申請人は回復すべからざる損害を与えるものである。

因つて申請人は本件仮処分判決の執行力ある正本に基く強制執行を本件仮処分事件の控訴審判決を為すに至る迄停止せられたく此段申請に及びます、

疎明方法<省略>

昭和三十二年十二月九日

右申請人代理人弁護士 中村幸逸

大阪高等裁判所 御中

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